個人メモのサイバー書庫

サイバー空間上の個人的なメモなので、読むに値しません。

リポート作製〔案〕

 今年は暖冬であると言われている。身を刺すような寒さに震えたり、大雪に見舞われたりという事も聞かれない。しかしながら、インフルエンザのような冬季感染症は今年も又例年のように流行している。小中学校では学級閉鎖や学年閉鎖が続出(インフルエンザ様疾患発生報告(厚生労働相健康局)第20報)し、その感染拡大の速さは例年とかわらない。

 普通教育期の児童や生徒ともなれば、一定の治癒期間をおけば、多くがすぐに健康を取り戻す例がほとんであるが、乳幼児やお年寄りの場合は、重篤な状態に陥る例が少なからずある。高齢者にとって感染症は命に関わるものになりやすく、特に空気が乾き、気温の下がる冬季は、その危険性が高まる時期である。

 ヒトは高齢期に差しかかってくると、身体も精神も機能的な低下を来たすようになってくる。免疫機能についても同様である。それでも健康な状態での生活を続け、かなりの高齢となっても、体力面や意欲の点で大きな問題も無く暮らしている方は多い。その一方で、病気が原因となって、機能の低下が緩やかにではあるが着実に進み、やがて日常生活に様々な支障をきたすようになる方もいる。その最たる例が認知症の高齢者である。

高齢者であり、さらに認知症であるとなると、感染症に関係する危険因子はさらに増えてくる。ここでは高齢者、さらに認知症である方と冬季感染症のことを考えて見たい。

さらに認知症と呼ばれるものの中でも、特に割合の高いアルツハイマー型の認知症に限定して考えて見たい。認知症の中でもアルツハイマー認知症は全体の半分を占めているからである。(参考:

認知症について知っておきたい基礎知識 | 認知症のいろは | 相談e-65.net

https://sodan.e-65.net/basic/ninchisho/

sodan.e-65.net

 こうした認知症高齢者を受け入れる民間施設としてはグループホームが一般的である。

 今でこそどこでも見られるグループホームであるが、1980年代に福祉の先進国であるスウェーデンストックホルムで、ふつうのアパートを「老人の家」とし、認知症高齢者を24時間体制でケアすることを目指す試みがその始まりとされている。こうした体制の下で、認知症高齢者の残存能力を維持しながら、しかも家庭に近い生活空間(個室によるプライバシーへの配慮と少人数の入居者)でケアをし、認知症の重症化を遅らせるシステムとして期待されるようになった。

(参考=「看護のための最新医学講座(認知症)中山書店:監修=日野原重明 の「っグループホームでのケア」)

 このグループホームのシステムは日本にも導入され、行政が目指した整備計画を上回る設置件数となっている。今後もグループホーム認知症高齢者のケアシステムとしてますます重要視されていくだろう。

 以上のような背景から、ここでは「グループホームにおけるアルツハイマー型の認知症の方」を中心において、冬季の感染症対策を考えたい。

 論を進めるにあたって、ここでは一般的な「感染管理」の視点から始め、次に高齢者の「感染管理」の視点、さらには「認知症を伴う高齢者」の視点と、順を追って見ていく。

 (1)一般的な感染管理

 植木病院看護部の感染管理認定看護師である高濱正和氏によると、「感染管理とは組織の危機管理におけるマネジメントプロセス」であり、「想定されるリスクが起こらないように、そのリスクの原因となる事象の防止策」を講じることである。

 それはおよそ次のようなプロセスとなる。

①当該の環境においてはいかなるリスクが存在するかを検討する。

②想定されるリスクが現実のものとなったら、いかなる被害が想定されるかを目算する。

③その被害の目算に従って、現実にとる対策(リスクを抑制するための準備)に優先順位(プライオリティ)をつける。

④プライオリティに従って対策を実行する。

 以上は「リスク管理」の予防的な側面であるが、「リスク管理」はそうした予防的な視点しか持つものではなく、「リスク管理」していても「いつかは(リスク管理の網を破って)(アウトブレイクが)必ず起きる」という大前提に立って感染対策を実践することが求められる。(前出:高濱氏)

 グループホームは、大規模では無いが、入居者・スタッフを含めて、多数の人間が同じ場所にいる環境であると言える。さらに入居者の家族の出入りもあり、人的な交流はかなりのものとなる。このことはホーム内に向けた感染経路が多数存在していることを意味している。また、入居者自身は一日の大半を施設の中で過ごすのであり、居住者はその限られたスペース内で、他者との接触の高い状態に晒されている。こうした状況を考えるだけでも、一度グループホーム内の誰か一人が発症すると、容易に感染が拡大していくことが予想される。

 「『感染』が起こるには必ず『感染経路』が存在する」(前出:高濱氏)ので、まずは、感染経路を断つことを考えたい。その基本は「手洗い・うがい」と部屋の換気(そして湿度50%程度の維持)の励行であろう。これらは、インフルエンザの流行る時期は、家庭や学校で頻繁に勧められるが、グループホームでも安上りで有効な対策として重視されている。さらには不特定多数の人間が頻繁に触れる場所(ドアノブなど)を一定時間ごとに消毒するということも必要になってくるだろう。グループホームという場所でなくても、一般によく言われている予防行動を実行することに変わりは無い。

(参考=冬の感染症の予防・健康管理法について〜高齢者を注意すべきポイント〜

https://www.sagasix.jp/column/care/post-17/ 

 外部からやって来る人の多くは入居者(高齢者)の家族や同居人だろう。こうした人々が感染経路となることは珍しく無い。入居者が専ら施設の中で生活していて外部との接触はあまり無いのに対して、これら家族・同居人は外部の人の多い環境(職場や工場、学校など)に身を置いていて、感染症に罹患している可能性は十分ある。しかし、こうした人々の出入りを制限することはグループホームの趣旨から見ても適当ではなく、むしろ手洗いやアルコール消毒などに協力してもらい、感染管理に合流してもらうことが適当であろう。

 ところで、不特定多数の人間が触るために汚染されやすい場所として先ほどドアノブをあげたが、植木病院(前出:高濱氏)では感染対策として鍵を大きな感染源とみなしている。この場合は、精神科病棟(鍵による施錠が安全管理の要となっている)ではあるが、なるほど鍵ほど多くの人間が入れ替わり立ち替わり触れるものは無い。しかも、誰も鍵を洗浄したり消毒しようとしたりはしない。スタッフの指先の衛生管理が感染管理の重要項目だとしたら、これは大変注目すべき指摘である。高濱氏は「感染対策の要は手洗いと鍵の清潔保持にある」としているが、「手指衛生は重要な医療行為である」という意識改革は、手洗いや器物の清潔保持など一見地味な行為を行うことの意味を明らかにし、その実行を遵守させる効果を持つだろう。

 

(2)高齢者の「感染管理」で留意すべきこと

 高齢者は加齢とともに退行性の変化も進んでいる。「感染症に罹患しても、失禁や食欲低下などが全面に出て、非典型的な症状に見えるため、初期症状や衰弱が加齢によるものとして見逃されてしまうことが多い(「看護のための最新医学講座」(老人の医療)ー高齢者の感染症 中山出版)。これによって感染症発病の発見が遅れてしまうと、対応に遅れ、気づいた時には感染がかなり広まってしまっているということになりかねない。そこで高齢者に発熱(37.5℃以上)があった時点で、冬季感染症の流行期であれば、まずはそれを疑って経過を観察し、いつでも次の対策が打てるようにしておくのだ。

 一般の成人に比較して高齢者はウィルスや菌への耐性が弱く、容易に感染症発病に至ったり、それが重篤化する場合も多い。インフルエンザはもちろん、レジオネラ、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌マイコプラズマなど様々な感染症になる可能性が高い。

 インフルエンザでは、高齢者の場合、肺炎を合併することが多く、死亡の危険性も高い。高齢者の場合、インフルエンザは「死に至る病」になりうるのだ。この場合、インフルエンザの予防接種の有効性が認められており(前出:「看護のための最新医学講座」(老人の医療))、高齢の入居者はもちろん、グループホームのスタッフも併せてインフルエンザワクチンを接種(インフルエンザの予防接種の効果の持続時間は約5ヶ月間なので、接種時期としては11月〜12月中旬までの実施が適当)することが求められる。山川先生はその授業の中で、職員の予防接種の徹底(患者も職員も100%の接種をめざす)とマスクの着用、あるいはアルコールによる手指衛生の保持を挙げている。

 さらには入居者である高齢者と接触の多いスタッフにあっては、「自らが感染源にならない」という意識が肝要であり、植木病院(前出:高濱氏)では職員の勤務前の症状チェックを受けるのみならず、家族など同居者の発症の場合も職場に届け出るよう求められているという。グループホーム内の予防を徹底するには、その中に入る人の外部での人的な交流やその状態にも気を配り、外部から菌やウィルスが持ち込まれることを見越していかなければならないようだ。

 そして、一旦インフルエンザが発症したと判明した時点で、全員に予防投与を施し、感染拡大と重症化の防御につとめるようにする(山川氏:授業)と行った迅速かつ思い切った対策を打つことが求められる。有効な時に有効な手段を打っておかないと、感染は瞬く間に広がってしまう。それによって高齢者が感染症で命を落としてしまうことが防げるのだ。この辺の判断は一般成人の場合よりかなりシビアなものとなるだろう。

 

(3)認知症の方の「感染管理」で留意すべきこと。

 アルツハイマー病は慢性進行病で、症状としては、認知症を中心とする精神症状すなわち記銘・記憶障害、失見当識や思考の障害が見られる。失行(運動機能が失われていないにもかかわらず、動作を遂行できない)や実行機能の障害(計画を立てる、順序立てるなど)がある(参考=前出「看護のための最新医学講座』(認知症))ため、うがいや手洗いを励行すると言っても、そのこと自体を忘れてしまったり、その動作の手順に迷ったり、なかなか実行までに至らない。あるいは感染症を発症しても、自重することが難しい場合が多く、普段と変わらない活動性を発揮して感染を広げてしまうということもある。

 そこでグループホームの中で入居者あるいは特定のグループが皆で一斉に手洗いやうがいを実行する時間を一定時間ごとに設けることが有効であろう。この時にはスタッフも一緒に参加するようにして、皆の手本となって手順を示したり、作業の手助けをしたりするべきだろう。又、感染が明らかになった高齢者については個室や別のゾーンに移動させ、健康な入居者との接触を避けるようにしなければならない。

   さて、認知症の高齢者と言っても、グループホームであるから、認知症以外の大きな(長期の入院を必要とするような)問題を抱えている訳では無いだろう。残されている諸能力を使って身体や精神を活性化させ、その症状の進行を抑えることがグループホームの役割なのである。このことはグループホームにおける感染管理においても思い出されるべきことで、入居者を明るい気持ちにさせ、より積極的に活動に向かわせることが重要である。

 感染管理だからといって、外部から訪問者が来る機会を減らしたり、入居者同士の交流や活動を制限したりということは慎むべきだろう。もちろん、そうした交流が感染症の発症を引き起こす可能性が高いことは常に留意しなければならない。しかし、グループホームは入居者にとって生活の場・安らぎの場そのものであり、学校のように罹患者が増えたから学級閉鎖や学校閉鎖のような活動停止を相手、生活の場からロックアウトするようなことは出来ない。あくまでも「グループホームに入所する高齢者が、感染管理の点から、活動や人的交流の制限など閉塞的な方向に向きやすい冬季の間でも楽しく過ごせる」ことを目指さなければならない。

  アルツハイマー認知症の人は様々な心理状態が出現し、一定の症状に焦点を当てて精神療法を行うことは難しい。むしろ支持的精神療法によって自己効力感や自尊感情を高め、結果として様々なストレスに対する耐性を上げることが望ましい。これは治療やリハビリそのものに希望を持つ事につながる(参照=「アルツハイマー認知症の精神療法」東京慈恵会医科大学 繁田雅弘 )

 こうした自尊感情の高まりを助けるには、ゲームや創作活動などの活動は様々な機会を提供してくれる。高齢者が様々な活動に取り組む中で、皆の注目を浴びたり、賞賛を得たりということが自尊感情を大いに刺激するだろう。又、スタッフからの声かけが新たな自信を呼び覚ますだろう。

 活動内容は、ゲーム性のあるもの(ボール回しやボッチャあるいは輪投げなど)、何かを製作して取り組むもの(季節に応じた飾りの作成=小さな鯉のぼりやクリスマスリースあるいは絵手紙などの製作活動)、あるいは子供がよくやるようなトランプのゲームやパズルなどを行う。

 それらの活動の合間合間にうがいや手洗いしたり、部屋の空気を入れ替えたりといった衛生を高める活動を休憩の中で行なったり、次の活動のつなぎに使い、楽しい活動に取り組む毎日の生活のリズムの中に、意識して清潔を常に保つ工夫が必要だろう。

 こうしたゲーム以外にも、この時期における清潔さの重要性を説いた上で、入居者の家族や福祉に関心を寄せるボランティアを集め、入居者と共に茶話会を開いたり、簡単なゲーム(ビンゴのような活動性の低いもの)やプレゼント交換(クリスマの時期など)を行なってもいいかもしれない。ただし、参加者は手洗いとうがいを事前に徹底し、マスクを着用してもらう。その趣旨の説明と清潔へに関心を高めてもらう話などをこの機会にするのもいいだろう。そうしたグループホームだけでは無く、各家庭でも清潔さを保ち、感染症の予防に関心を持って習慣を変えていくことが、高齢者の健康と活動を保障することに繋がるということを改めて知っていただき、グループホームの清潔の維持に協力してもらうのである。

 

 以上見てきたように、「グループホームに入所するアルツハイマー認知症の人が楽しく過ごしつつ、感染管理をする」には、入居者に冬季以外の季節と同じような活動性や社交性を保った生活を維持しなければならない。しかし、感染症予防との両立を図りながら、それを可能とするためには、徹底して清潔を保つ体制を構築し、それをスタッフが高い意識と発病への危機意識を持って労力を払って維持しなければならない。さらに入居者にも清潔への意識を養って頂き、グループホームの感染管理に協力してもらう必要があるなど、入居者の楽しい活動を保障するためには、その土台を作り上げる水面下の活動が重要だと言えるだろう。